なんでそんなオリンピック行きたいの?

ついに2020年、勝負の年がやってきた!

私は今日本代表候補に入っていません。

でも、東京オリンピックに滑り込みセーフで行ってやろう!!!って密かに思ってます。

リオのオリンピックまでは代表活動が200日以上あり、

国内の最高峰の大会、太陽生命シリーズの試合にも出れないし、

自分のチームに帰って練習できる日はほとんどありませんでした。

私たちはそんな中、ワールドシリーズで全敗しまくっていました。

だから日本代表として活動していても、女子ラグビー界がONE TEAMだったかと言われると

そんなことなかったかもしれません。

だから意地でもリオで結果を残すしかないって思っていた。

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でもリオの1日目、1試合目、カナダにボコボコにされて、大敗。

余計に頑張らないと!と気合いが空回りし、2試合目のイングランド戦。

頭打った?

記憶飛びました。

脳震盪でドクターストップかかりました。

頭を打った後、仔鹿のようにヨロヨロ立ち、

相手のイングランド側でアタックラインでハンズアップしてたらしい。

覚えてません。笑

意識が戻ったときは、ヘッドコーチの浅見さんに、選手登録を外す、と言われたときでした。

これは忘れられない。

その日に、選手村から退村しました。

バックアップ選手が入村するとき、私は出口。その選手は入口にいて、その選手にすら、会うことができませんでした。

そのままバックアップ選手が滞在していたホテルへ。

翌日の試合会場へも行けず、試合の映像も観れませんでした。

みんなが頑張ってくれたけど、

結果は10位でした。

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本当につくづく思うのは、たたただ私は弱かった。

それだけ。

強化の方針が間違ってたとは思わない。

あれが、あの時できるベストだったから。

でも、同じ歴史を繰り返したくない。

だからリオのオリンピックの後、代表から離れることを選びました。

代表に居続けたら、代表にすがってばかりで、成長できないと思ったから。

その後、未知なる山口県に引っ越し、ながとブルーエンジェルスでラグビー中心の生活を始めました。

2年目で日本一になりました。

ほぼ初めてに近いくらい、ちゃんと太陽生命というシリーズに出場して

女子ラグビーのレベルのたけぇ。。。どこが優勝してもおかしくない。。

女子ラグビーがこれだけ全国に浸透していることも感じました。

クラブチームで強化したからこそ、見えてきたものがたくさんありました。

そして今だから思う。

桜のジャージをつけて、もう一度、リオの払拭を晴らしたい。

あのときと違う、新しい自分だからこそ、オリンピックの記憶を上書きしたい。

私にはもう失うものはありません。

このギリギリの生活、痺れる!

苦しいんだけど、なんか楽しい。そんな感じ。

なおちゃんと東京オリンピックへ。

冨田はまだまだ諦めません!

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