Good bye September, I have left Nagato Blue Angels.
Amazing city, amazing culture and amazing people I’ve got as a gift in 3 years.
I will do my best as a post blue angels player.
I can’t thank enough for making me who I am today💙
9月をもって、ながとブルーエンジェルスを離れました。
リオ後、燃え尽き症候群に陥っていた私を救ってくれ、創設から関わり、東京五輪を目指すきっかけを与えてくれたチーム。
長門に住んでから、私は目標を追いかけ続け、自分の脳をだましながらオリンピックを目指してきました。
自分と向き合って、鞭ばっかり打って。まぁ、身体は正直だった。だませなかった。
でもラグビー人生これで終わりはいや!!!
そう思ったときに、最後、私にしかできないラグビー人生を選択しよう!と思いました。
オリンピックと15人制ワールドカップを両方経験させてもらった私にしかできないこと。
それは、与えられた環境の中で一生懸命やり切ることではなく、環境のない0から1を創り出すこと。そこに、私の意義があると思いました。
肩の腱板断裂と、膝の前十字靭帯断裂後のリハビリ中だし、コロナもあるし、実際できるかどうかなんてわからないけど
だけど、最後、もがきたい。やり切ったって言い切りたい。
どこに行っても、私は私。中途半端は嫌いだし、どこに行っても、全力でやる。
まず身体をいい状態にしないと、と思ったときに、病院が関東にあるので、関東に拠点を置いて、しっかりリハビリをしようと思いました。そのため、チームを離れました。
長門に初めて女子ラグビーチームが発足したとき、地元の方々はなかなか興味を示してくれなかったけど、
「冨田真紀子がながとに来たから、本気で女子ラグビー応援し始めたんよ」
って別れ際に地元の方に言ってもらったことに、まじ泣きしました。
長門に来てよかった。仙崎港で仲卸業者のお手伝いしてよかった。こんなに自分の第2の故郷になるとは思いませんでした。

チームのスタートがニュージーランドだったり、チームの公用語が英語だったり、太陽生命で日本一になったり、オフでも何もすることなくてただただテトラポットで穴釣りしたり。
全てが初めての経験で、最高の財産で、私は本当に恵まれていると思います。
だからこそ、今の自分に満足しないように。
人生の流れに、しなやかに、柔らかく、生きていこうと思います。
どこに行っても、応援してくれる人は応援してくれるはず。私は大切にしてくれる人を大切にしたいです。
ひとまず無所属ではありますが
これからも冨田真紀子を見ていてください。
身勝手な私の決断を受け入れてくれた、ながとブルーエンジェルス、本当にありがとうございました!!!!!♡
またちょっくら遊びにいこっと!
※お刺身の仲介は引き続きやるのでお楽しみに💕


