目標があったから、幸せだった!

ずっと目標にしていた「東京オリンピック」

2013年に東京オリンピックが開催されると決まったその日から。
2016年にリオのオリンピックで初日に脳震盪になったその日から。



オリンピックの借りはオリンピックで返さないと、とずっと心に誓ってきました。

その目標があったから、頑張れた。






でも、今はもう東京オリンピックに戦える身体ではなくなってしまいました。
膝の前十字靭帯を断裂してしまいました。





2019年7月に、肩の腱板断裂修復オペをしてから復帰を目指してリハビリをしていました。
オリンピック間近だけど、中途半端な身体じゃ世界には勝てないから。


復帰間近の6か月あたりで肩の腫れも消えず、痛みも取れず、
MRIを取ったら、修復したはずの腱板がまた完全に切れてしまっていたことがわかりました。

そんなことある!?って感じでした。
この半年、我慢してきたのに。
オペもリハビリもうまくいっていたから、運が悪かったのかな。


でも、今からオペしたら到底オリンピックに間に合わない。
だから、このままできる方法は一つ。
ステロイド打ちながらこの怪我と付き合っていくということ。


ヘッドコーチには、
「ステロイド打ったら肩の中がボロボロになって将来子ども抱っこできなくなるよ?」
「お前がオリンピックを目指すなら、サポートする。
けど、覚えておけ、ラグビーは人生においては些細なことだ」って、教えてくれた。

私の大きな大きな夢はかっこいいママになることだけど、
子どもができたら左肩でいつも抱っこすればいいでしょうよ!

このままオリンピックに最後までチャレンジしないなんて、ありえん。
だからドーピングの範囲内で、ステロイド打ってやり切りました。


痛みは我慢すればいい。
身体なんてどうなってでもいい。
自分のできることを全力で出そう。

オリンピック前最後のセレクションマッチに参加しました。

その試合中にタックルで膝を捻られ、ボキっと音もしました。

え、この感じACLか?って思ったけど、
試合できなくなかったから、そのあとも走ってタックルして。
膝崩れしまくったけど、ドクターストップになるまで、最後までやりきった。



セレクションが終わってから、代表のコーチから電話がきて、怪我が重傷じゃないと判断したからか、
次の合宿にも来てくださいって呼んでもらって。
そんなパフォーマンスでも認めてもらえたことが嬉しかった。



でも、そのあとに病院でMRI撮ったら、ACL(前十字靭帯)がないって言われた。
もともとPCL(後十字靭帯)は切れた状態でプレーしていたから
もう、このままプレーはできない、と。要オペですね、と。


もう私、やり切ったんだなー。
限界きたかー。

オリンピックって本当に儚いなーって

思いました。

私の東京オリンピックはここで終わりました。
でも、心の底から、後悔してません。全部やり切りました。

ただここまで応援してくれていた方々が私の周りに本当にたくさんいて、
その方々に報告することがなによりも辛い。


ここまで、たくさん応援してくれて、
本当に、本当に、ありがとうございました。




好きなことだからこそ、苦しいことの方が多かったり、報われることなんて一瞬しかないのかなって思ったり。
失っても失っても、それでも生きていかなきゃいけないってわかってる。
でも消化するのに、今回ばかりは少し時間がかかるみたい。



私はきっと、オリンピックに狂っていた。
でもそれだから、すごく幸せでした。








ラグビーの神様は、乗り越えられない試練は与えない、っていつもそう思ってきた。
だからこの経験を活かせるような人生を送っていきたいです。



これから、ラグビーとどう付き合っていくのか。
これから、私はどういう人生を歩んでいくのか。



28年生きてきて自分が予期してきたことじゃない出来事ばっかりじゃ。
そりゃあ想定通りの人生なんてつまんないか。
だから人生は豊かなのか?

一体これからどんなことが待っているんだーーーー!


とりあえず、肩も、膝も、まず日常生活に戻すために、2回手術します。
入院生活ももう少ししたら始まります。
皆さま、おすすめの本教えてください。


夢よ、目標よ、ありがとう!

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